子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

なぜぼっち育児は辛いのか?現代の日本のママたちがこんなにも追い詰められているのには理由があった!

育児中のママさん、本当に毎日お疲れ様です。

子育ての協力、得られてますか?相談できる人、いますか?

ぼっち育児は、辛いですよね。

 

私は産後3ヶ月で見知らぬ国に移住し、家族も知人友人もいない場所での初めての子育てを5ヶ月やり、精神崩壊して今実家に戻ってきています。

夫は、何度話し合っても喧嘩しても声を限りに訴えても私の辛さを理解してもらえないので、出て行ってもらいました。

今思えば、妊娠中も海外にいたけど、幸せだった。


夫はとても協力的でした。つわりの時はそっと休ませてくれて買い物にも行ってくれて、子どもが生まれてからの話をして盛り上がったり、一緒に妊婦健診に行って赤ちゃんが動くのをみて喜んだり。

1年先にママになった友達が近くにいていろいろ教えてくれたり、母世代の友人もいたのでみんなに優しくしてもらえて、幸せな妊婦生活でした。

まさか産後にこんなに辛くなるなんて、想像できなかった。

 

子育ては1人じゃできないんだよ!手がほしいの!目がほしいの!一緒に考えてくれる頭がほしいの!

 

こんなにも人の手助けが必要だと心の底から思ったことはありません。

なんでこんな風に思うんだろう?答えがありました。

 

なぜ産後に孤独を感じるの?

カギを握るのは妊娠中に分泌される胎児を育てるホルモン「エストロゲン」。

これは出産により急激に減少しますが、このエストロゲンの減少がママたちに不安や孤独感を与えるのです。

実はこれ、人間だけの仕組みなんです。人間に最も近いチンパンジーは一度出産すると子育て期間である5年間は出産できません。

しかし、人間は多くの子孫を残し繁栄するために毎年でも出産できる体になりました。そのため、人間は必要な時は子どもを預け「共同養育」することで、他人と助け合って子どもを育てることができるようになったのです。

産後に不安や孤独を感じるのはこの「共同養育」を促すための仕組みなのではないかと考えられています。

                                mamariより引用

 

 

多くの子孫を残すための仕組みだったんですね。。。

 

この記事を読んで思ったのは、いつかテレビでみたアフリカの少数民族の暮し。

 

そこでは女性が住む家と男性が住む家が別れていて(二世帯住宅みたいな感じ)祖父母や親戚もみんな一緒の10人以上の大家族の中で女性たちは子育てと家事をみんなで一緒にやり、男性たちは狩猟に出掛けます。

もう狩りに出られない老人の男性は女性たちから少し離れた場所で縄張りを守っています。

今でも少数民族はこういう風に暮らしていますよね。

子守りする人はたくさんいるので、ママが一人で1日中赤ちゃんを抱いていなけばいけないなんてことはありません。

大きい子が小さい子の面倒を見るのも普通です。子どももたくさんいるのです。

 

代々子育てのやり方も受け継がれていて、子育て経験者が指導してくれるので、どうしたらいいの?これであってるの?と悩み、解決策を探すことに時間を取られることもありません。

 

男女の役割分担が明確なので、「手伝ってくれない」と不満に思うこともありません。

ヒトという生き物の本来の能力に応じ、男は狩猟、女は家事育児に専念している、このやり方が、一番ストレスがないように思います。

狩りに出たことがない女たちは、大きな獲物を捕らえて戻ってくる旦那さんを、ただただ尊敬し、感謝するでしょう。

子どもの世話や料理をしない男たちは、毎日獲物をおいしく調理し、寝床を作り、子供たちを立派に育ててくれている妻を尊敬し、感謝するでしょう。

 

人は、自分には到底できない、と思うことをやっている人のことを、心から尊敬します。

オリンピック選手をすごい!と賞賛することができるのは、あんな身体能力は自分にはない、あんな舞台で闘う勇気や根性は自分にはない、と思えるからでしょう。

 

自分にもできる、と思えることをやっている人のことは、尊敬できないものです。

 

だから現代は、女性もいろいろな仕事をしているので、働く旦那さんをそれほど尊敬できなくなってしまいました。

喧嘩したら、「私だって働けるのに。働きたいのに。私にだってお金を稼いで子どもを養うことぐらいできるんだから!」となってしまいます。

それに外で働いた経験があるので、旦那さんがやっていることがだいたい想像できてしまいます。

「子育てに比べたらあれぐらい・・・」と思ってしまうこともあるでしょう。

 

親世代以前の妻たちは、女性が外でお金を稼ぐことが容易ではなかったので、夫に腹が立っても、ぐっと堪えていました。

働いてお金を持って帰ってくる旦那さんのことを、”私にはできない”から、きっとお金を稼ぐのは大変なんだろうなあ、とただただ尊敬して、感謝していました。

 

互いに、相手がやっていることを自分はできないと思えるから、尊敬し、感謝することができるのです。

 

今は、妻は「私だってお金稼げるわよ。」と思い、夫は「俺だって家事育児ぐらいできる」

そんな風に思っているから、なかなか相手に敬意を払えない。

 

 

これもいつかテレビで見た話ですが、バリ島では子どもが宝としてとても大切にされており、今でも子育ては”みんなで”するようです。

バリ島に嫁いだ日本人女性の話をやっていましたが、義母や義理の祖母に家のことや子育てのことをいろいろ教わりながら、広い家にみんなで暮らしてみんなで子育てしているようでした。

日本人も昔はこんな風に暮らして子どもをみんなで育てていたと思います。わりと最近まで。

昭和の時代、都会で働く人が増えたために故郷を離れ、両親と子どもだけで都会暮らし、という核家族化が進みましたが、それでもまだ隣近所の大人たちがみんなで地域の子どもをみていました。

 

私が子どもだった30年ほど前は、学校から帰ったら子供たちだけで外の公園や道路で夕飯まで遊んでいました。

妹が誘拐されたことがあったので、当時も危険がゼロというわけではなかったけれど、親がそばについて見ていなくても、そのへんにいる大人たちがみんなで子供たちを見守っていたし、同じ地域ならばどこの子かみんな把握していたので、何かあればすぐに親に連絡が行くようになっていました。

 

だから親は子供が外で遊んでいる間に夕飯の準備をすることができたし、お友達とおしゃべりしたり、自分の時間を持つことができていたと思います。

 

今、日本では外で子供たちだけで遊んでいる姿を見ることがなくなりました。

私が子供の頃いつも遊んでいた公園も、誰もおらず、草ぼうぼうになっています。

 

地域の周囲の大人たちは、一緒に子どもを見守るどころか、騒がしいとか文句を言う人が増えてきました。

子どもを適切に叱ってくれる、雷おやじもおせっかいおばさんも、姿を隠してしまいました。

家にも、子供の避難所になるおばあちゃんはいない。

昔話を聞かせてくれたり、竹とんぼの作り方を教えてくれるおじいちゃんもいない。

パパは仕事や人付き合いで忙しい。

ママ友やご近所付き合いも、何かとクレームやいじめの多い大人社会になってしまったので、必要以上に気を遣い、却って疲れている人も少なくありません。

ママが本当に弱った時に助けを求められる人が、近くにいない世の中になってしまいました。

 

今のママたちはネットで顔の見えない相手に相談したり、育児書を一生懸命読んで自分で何とかしようとしたりしています。

助産師さんや保健師さんも、きつい言い方をする人が多いので、さらに追い詰められる結果になることもあります。

 

育児雑誌などは、キラキラした幸せそうな親子が載っているので、みんなはうまくやっているのに・・・・と落ち込んだりもします。

 

少しでも自分と同じような境遇の人がいないか、ネット上を探す日々。

 

こんなの、おかしいですね?

 

また昔のように、”みんなで”子育てができる世の中になってほしい。

ヒト本来の、ストレスの少ないやり方で、家庭生活を営むスタイルに戻したらどうでしょう?

 

地域の人々が繋がって暮らす方法を取り戻す活動をしている人も増えているようです。

 

私も、”みんなで”子育てする、子供たちがのびのび遊べる場所で、娘を育てたい。

私は人が大好きで、誰にでも「こんにちは!」と近寄っていくタイプです。

初対面の人に壁を作らせない自信がありました。

ました・・・・

子ども産んでから、最近少しづつ怖くなってきています。

特に日本人。日本人、やっぱりなんか冷たいです。

去年から久しぶりに日本で生活してみて、

人を寄せ付けない壁が高い、ピリピリしてて余裕のない、怒りっぽい、あるいは臆病な、そんな人が増えているように感じています。

 

娘は今のところ、私と同じく人大好きで、誰にでも笑顔ですり寄っていく、とても愛想のいい子です。

このまま、人大好きに、ニコニコしてて周囲を笑顔にする、愛される女の子に育ってほしい。

 

だから 娘を育てる場所のことは、真剣に考えようと思います。

 

場所の前に、パパと仲直りしなきゃね・・・・

 

娘には、両親揃って仲良しなのが、一番だもんね。