子の心親知らず

出産後2年で離婚した毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

娘が自分より幸せになることが許せない母親

今回、実家に長く滞在することになって

改めてよく分かったことがある。

 

それは、母は私が自分より幸せな人生を

送ることが許せないんだな、ということだ。

 

母は実の娘である私に

マウンティングしている。

おそらく無意識に。

 

母は、高卒で大手商社に就職していたことを

誇りに思っていたようだ。

 

離島育ちの田舎者が

まあまあの都会に出て商社で事務職ではあるが

仕事をしていた。

 

母は1954年生まれなので

誰でも就職できた時代ではあるが

仕切り屋のあの人は

キャリアウーマンになりたかったらしい。

 

だけどそれよりも世間の目が気になり、

他の人と足並みを揃えることが最優先

という価値観のため

 

結婚適齢期と言われる25歳までに

結婚しないなんてことは自分で許せなかった。

 

だから姉の紹介で知り合った私の父になった人と

25歳で結婚した。

 

結婚と同時に寿退社。

昭和40年代、それが”当たり前”で

唯一の「女の幸せの道」だった。

 

誇りに思っていた会社をやめ

キャリアを”捨てて”

母は当時の当たり前であった

専業主婦となった。

 

結婚したら今度は子どもだ。

子供がいないなんて人並外れた

ことは、絶対に許せなかった。

 

だけど結婚して1年半経っても

子宝はやってこなかった。

 

団地のベランダになびく

よその家の布おむつを見ては

羨ましくて嫉妬で

気が狂いそうだった、と

母は何度も思い出を語った。

 

そして、待望の長女誕生。(私)

年子で妹誕生。

 

父は国家公務員として真面目に

勤務し、長期出張で

家にいないことも多かったので

 

母は、年子の子どもを

ワンオペ育児で大変だったと

語る。

 

自転車に二人の子どもを載せて

スーパーへ走る。

 

片手に赤ん坊と荷物

もう片方の手でお姉ちゃんの手を

引き、団地の階段を4階まで

上がる日々。

 

手作りのお菓子に

手縫いのバッグ。

 

遊具で遊ぶ子どもたちを眺めながら

ママ友とおしゃべり。

 

父が帰る頃には

食卓にずらりと夕食を並べて

お風呂も沸かしておく。

 

そんな、当時理想とされた

女性像を、母は生きがいにして

やってきた。

 

自分の服や化粧品は安物ですまし

子どものものを買う。

 

自分は残り物で簡単に食事をし

家族には毎日違うものを作る。

 

自己犠牲的で、献身的な

妻であり、母親。

 

母はそれこそが女の人生として

唯一の正解であり

キャリアを捨てた自分には

これしかないと懸命に

良妻賢母像を守り抜こうとしてきたのだろう。

 

全て、独りよがりで。

 

最初は団地に住み

子供が大きくなってきたらマイホームの

一軒家を購入。

 

お庭に野菜やお花を植えて

ワンピースを着て水をやる私。

 

母はこんな人生を望んだから

そうなった。

 

人間は、周りから見て不幸に

見える人生であったとしても

本人が魂レベルでそれを望んでいる

から、その人生を生きている。

 

母は「みんな違ってみんないい」

ことが全く分からない人なので

自分のように生きない女は

認めることができない。

 

娘に対しては

自分より多くのものを手に入れることは

絶対に、許せないのだ。

 

娘(私)は外国へ行った。

自分のテリトリーを離れて

自分の理解できない世界へ行った。

マイナス10点。

 

外国で教師をやっている。

(独身時代からそうだった)

これは理解はできないけれど

よそ様に自慢できるので

(教師=立派と思われる)

プラス10点。

 

精神病で無職で金持ちの息子と

結婚した。

全く理解できない。

だけど不幸になりそうだから

プラス10点。

 

意外に外国で豪遊して

楽しく暮らしているようだ。

悔しい。

マイナス10点。

 

夫の親が金持ちなので

自分たちにお金の無心を

してこない。

悔しい。

マイナス10点。

 

まあだけど娘はもう30代後半だし

子どもはできないだろう。

 

この子は子育ての喜びを

味わうことはできないだろう。

その点で私(母)は一生勝ち続ける

ことができる。

プラス20点。

 

え?妊娠した?

しかも女の子だ。

このままではこの子は

娘を育てる喜びまで知ってしまう。

 

優雅な外国暮らし+

家にいてイクメンになりそうな夫+

お金に困っていない+

母親になる喜び

 

だめだダメだ!

それだけは絶対にあってはならない。

 

私は節約節約の団地暮らし+

仕事だけで全く家事育児をしない夫+

お金のことで毎日頭を悩ませて、

必死に子育てをしてきたのに

 

娘がこんなにたやすく

好きなことだけしながら

子育ての喜びまで体験するなんて

 

そんなふうに私を超えるなんてことは

絶対に、許さない!

 

そう無意識レベルで強く強く

思った母は、子供が生まれると同時に

イクメンになりそうな婿を追い出す

作戦に打って出た。

 

娘も私と同じようにワンオペ育児を

するべきだ。

イクメンの夫がそばにいるなんて

許さない。

 

子育ては、”自分を犠牲にして”

やるものなのだとこの子も

分からないといけないんだから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

はあ〜

 

なんでさっさと気づいて

離れなかったんだろう。

 

今母は、私に夫がいる幸せを

見せつけてくる。

 

私は子どもが2歳で離婚し、

さらに夫は、離婚後1年半で

30代の若さで亡くなったというのに。

 

昨日は

座っている父の背中に

頭をくっつけてもたれかかりながら

並んでゲームをしている私と娘を

じーっと見ていた。

 

父の背中に頭をくっつけて

もたれかかりながら。

 

想像できます?

 

70歳の母が新婚の小娘のような

ポーズをしている様を。

 

それも、私の方を見ているのです。

ニヤニヤしながら。

 

別の日にはソファに

体をくっつけて並んで

座る。

 

お風呂上がりの父の体に

甲斐甲斐しく保湿クリームを塗る。

 

全て、時々私をじっと見ながら

やる。

 

これか、

噂のマウンティングってやつは。

 

私は、母がもてなかったものを

すでに持っていた。

 

好きでやりがいのある仕事。

優雅な外国暮らし。

海外旅行三昧の日々。

ずっとそばにいて優しい夫。

 

だけど私に子供がいないならば

それは女としての負けだから

許せていた。

 

この上で子どもに恵まれ

イクメンの夫と仲良く子育てを

したりしたら

自分は完全に女として負けてしまう。

 

心から焦ったのだろう。

それが妊娠報告直後からの

母の態度の急変の理由だ。

 

母が妊娠してからの私と夫に

対し、いつも仏頂面で不機嫌で

嫌味と小言ばかり言うようになった

理由は、この潜在意識にあった。

 

あの頃は、もちろんそこまで

気づけなかった。

 

ただただ腹立たしくて

理解できなくて、悲しかった。

 

この3年間

母と娘の関係に関する本をたくさん

読んできた。

 

カウンセリングもたくさん受けて

自分で資格までも取った。

 

そうしてようやく分かった

母の深層心理。

 

実は娘にマウンティングする母親は

決して少なくない。

 

白雪姫やシンデレラなど

童話の世界もそうだ。

 

娘に負けられない母親。

 

男性の場合もある。

 

父と息子なら、それは仕事上の

争いになる。

 

母と娘なら、結婚。

 

私ははっきりと気づいたので

このような母親にはならない。

 

数日前、ネットで占いをした。

 

人生について。

 

50代後半

子どもが結婚。

近所に住んで頻繁に行き来する。

 

とあった。

 

それは思ってもみなかったこと

だけれど

 

私が59歳の時に

娘は21歳。

 

そんな早くに結婚するかなあ?

もし30歳で結婚したら私は

68歳。まだまだ元気だろう。

 

娘夫婦が近所に住んで

頻繁に行き来する。

孫が生まれたらそれこそ

目に入れても痛くないくらい

可愛いだろう。

 

だけど私と再婚したパートナーは

娘夫婦の生活や人生には当然

干渉しない。

 

自分たちの好きなことをやって

お気楽に暮らしているし

半年別の国に滞在するなんてことも

よくやっている。

 

娘たちが元気で幸せなら

それでいい。

 

困った時はできることを

援助するよ。

 

それは幸せな未来だなあ。

 

娘は私をずっと信頼して

慕ってくれているのだから。

 

私の育児のやり方なら

そうなるだろう。

 

それは、母が何より望んで

半強制のような気持ちになって

しまったがために

手に入れられなかった未来だ。

 

結局、私は女の人生としても

母を易々と追い越す。

 

その時母は生きていないかも

しれないが、遺影に向かって

「ほらね」と私は言うだろう。