子の心親知らず

出産後2年で離婚した毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

夫婦仲を保つために子供の心を犠牲にする全ての親に制裁を。

自分が子をもって、

子どもの心の純粋さ、健気さに

胸を打たれる日々。

 

子どもは、100%全身全霊で

親を信頼し、愛し、愛されたいと

願っている。

 

例外はない。

 

子が親を思う気持ちの強さは

親が子を思う気持ちを上回っている。

 

だけど親も親なりに

いろいろ厳しい条件や環境の中で

子どもの幸せを考えて、

子どもを笑顔にしようと

あれこれ考えて頑張っている。

 

片親になった親は、

自分の辛い気持ちに浸る余裕なく

「この子の笑顔を守らなきゃ!」と

日々懸命に生き始める。

 

子どもが悲しいと

親も悲しい。

子どもが嬉しいと

親も嬉しい。

 

親が悲しいと

子どもも悲しい。

親が楽しいと

子どもも楽しい。

 

これこそが、

愛。

 

だけど稀に

 

子どもだけ楽しいなんて

面白くない。

私はつまらないのに!

 

あの子だけ幸せになるなんて

許せない。

私はいろいろ犠牲にしたのに!

 

と、あろうことか

我が子に嫉妬する親が存在する。

 

グリム童話の世界は

実在する。

 

自分の夫は子供ではなく

自分の一番の味方でなくてはいけない。

 

子どもが喜びを感じるのは

母である私と一緒にいるときだけで

他の誰かではいけない。

 

この子の幸せは

私の手にかかっている。

他の誰かと幸せになるなんて

あるはずないじゃない。

 

子どもが幼い時に

「私がこの子の幸せにするんだ!」

と強く思いすぎたのか

自分の結婚生活や人生が

思ったほど幸福で充実したものに

ならなかったのを

出産したせいにしたためなのか

 

子どもが思春期を迎え

成人し、親ではなく他の誰かと

幸せになるべき段階を迎えても

それを受け入れられない親。

 

「りんごちゃんが元気で嬉しかったです。

「毎日大変なのによく頑張っていますね。」

「あなたの健康が一番です。」

 

母の最近のメッセージはいつもこれだ。

 

だけどテレビ電話の向こうの母は

言葉とは裏腹に面白くなさそうな

歪んだ表情をしている。

 

目線は向こうのテレビを見ている。

 

人間は、表情と態度にこそ本心が

現れる。

言葉はいくらでも嘘が言える。

 

母の本心は

「私と離れてそんな外国暮らしなんかして

大変に決まっている。だから病気にもなるでしょう。

子どもだってうまく育てれられないに決まってる。

生意気な、偉そうに海外だのなんだの

お母さんが面倒見てあげるって言ってるのに。

何が不満なんやこの子は。まあじきに分かるやろ。」

 

私が大学3年から一人暮らしを始めた頃から

母の本心はこんな感じだったのかもしれない。

 

すぐ根を上げて戻ってくるでしょう。

この子にはお母さんが必要なんだから。

 

その潜在意識に引っ張られるように

私は実際に何度も何度も実家に戻った。

 

私のお母さんは

私が離れたところで笑顔でいることを

面白くないと感じている。

 

私が楽しいと、母はつまらなそうな顔

をする。

 

親は子どもの幸せを願っているはず。

お母さんだってそう言ってたし。

手紙にもそんなふうに書いてくれてるし。

 

でもなんで、こんな顔するんだろう。

 

思えば20代から

私はそんなことを感じていた。

 

夫に立派な母親、いい妻だと思われる

ことを優先して、子どもの反発を

封じ込める親がいる。

子どもの心の声が夫の自分への目に

悪影響を及ぼすかもしれないと思うと

その声を封じる親がいる。

 

お前がおかしい。

お母さんが正しい。

ねえ、お父さん、

私よくやっているでしょ。

それなのにこの子ったら・・・

 

今年前半に家族ぐるみで

よく遊んでいた知人。

 

その父親と私が仕事のことで

少し言い合いをした。

(記事にも書いたかな)

 

依頼したい仕事があったけれど

時間が厳しそうだったので

「奥さんにお子さんのお迎え

頼めませんか?」と聞いただけなのに

 

それが地雷だったかなんか知らんけど

失礼な怒りを露わにした理不尽な長文を

送ってきて

しかも相手の勘違いだったにも関わらず

謝りもしないのでそのまま音信不通に

なっている。

 

1才差の子供同士は会えば楽しく遊んでいた。

家に何日もお泊まりして娘はその子を

お友達の数に入れている。

 

もうずいぶん会っていないので

会いたいな〜と時々言う。

 

その度に、私は切なくなる。

 

親同士の喧嘩で

子どもの友情を邪魔している。

 

その父親は

「奥さんに頼む」と言うことが

おそらく夫婦間の暗黙の約束でできない

ことだったのか知らないが

そんなことは関係ない他人に怒りを

ぶつけてきて、あまりに無礼なので

私は許す気になれない。

 

それまでいろいろしてくれたことを

差し引いても。

 

普通に

「奥さんには頼めないんですよ。

ごめんなさい。」で済んだものを。

 

第一印象から嫌な感じのする人だと

思っていたけど

これでその人の本性、器がはっきりしたし

私のことを大切に思っていないことも

わかってしまったので

尚更一時の暇つぶし、育児の骨休めの

ために子どもを連れて会いにいくことも

できない。

 

子どもたちに罪はなくて

本当に申し訳ないけど

夫婦喧嘩を避けるために

まだ敬語を使っているような

他人に怒りをぶつけるような人間を

私は信用できない。

 

夫婦の関係を保つために

子どもの心を犠牲にする親は

さようなら。

 

いつの日か

思春期をすぎた子どもから

しっぺ返しをもらうことでしょう。

 

子どもを悲しませなければ

守れないような夫婦愛なら

そんなものは愛ではない。

 

自分の家と他人の家を見て

深く確信したことです。