子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

自分と子どものために愛する人の死に関わった人への憎しみを手放す

またドラマの話で申し訳ありません。

 

tver.jp

 

私の今期一番気に入ったドラマ

「星降る夜に」

 

第7話では雪宮先生が手術を担当して

亡くなってしまった妊婦の夫(ムロツヨシ)が

大暴れ。

 

このドラマでは現時点で2人の出産時に妻を亡くした

男性がいる。

 

出産は命がけだけれど

医療が発達した今は出産時に命を落とす女性は

非常に少なくなった。

 

とはいえ、ゼロではないので

現実に赤ちゃんと引き換えに、あるいは

赤ちゃんと奥さん同時に亡くされた男性が

この世界には少なからずいるんだろう。

 

妻の妊娠で、家族が増えると思っていたのに

逆に減ってしまった。

 

私は、形も原因も違うけれど

子どもと引き換えに家族がごっそり減った1人なので

痛いほどその辛さがわかる。

 

ムロツヨシ演じる男は

5年経過したあとも執刀医のせいだと思う気持ちから

離れられず、怒りを医者にぶつけに来る。

 

自分はあの日妻を失い、

悲しみや無念を抱えながら、1人で子どもを育ててきた。

 

仕事と育児の両立がうまくできずに

仕事を辞めることになった。

 

そんな風に5年間苦しみの中で

必死に生きてきたのに

妻を”死なせた”雪宮先生は

今も正義の顔をして何一つ背負わずに

仕事も恋愛も順調ですってか!と

 

怒りが収まらない。

 

医者のことを

「人殺し」と責め続ける父は

「お父さん、帰ろう」と言う幼い娘の

声でハッと我に返る。

 

お父さんがずっとこんなでは

何よりこの子がいたたまれない。

 

お母さんの命と引き換えに

生まれたこの子は、その事実を認識できるように

なったとき、お父さんがまだあの日に止まったままなら

 

自分は生まれてくるべきじゃなかった。

お母さんが助かって自分が生まれなければ

お父さんはこんな風にならなかったかもしれないと

 

自分を強く責めてしまう。

 

「自分は生まれてくるべきじゃなかった」

 

すでに誕生してしまった人間にとって

こう思うことが、何よりも辛い。

 

親が不幸な様を子どもに見せ続ければ

子どもは必ずこう思うようになってしまう。

 

親としても、こんなに悲しいことはない。

 

だけど、妻を亡くした男が

その無念や怒りや悲しみを、他にぶつける場所がなく

執刀した医者に向けてしまうのは

わからなくもない。

 

きっとこの人も、頭の片隅では分かっている。

理性では分かっている。

 

お医者さんが殺したんじゃない。

救おうとしてくれたけど、救えなかった。

仕方のないことだったんだと。

 

それでも、家族が増えると思っていたその日に

最愛の妻を失ったその喪失感を

誰かを責めることでしか、埋めることができなかった。

 

誰かを責めていないと、自分が立っていられなかった。

早すぎる妻の死を、自分がまさかシングルファーザーに

なってしまったことを、受け入れることができなかった。

 

あの時何かが違っていれば

妻は死ななかったんじゃないのか

自分は1人親にならなかったんじゃないのか

 

今頃、家族3人で笑っている幸せが

あったんじゃないのか

 

どこで間違えた?

何がダメだった?

なんでなんだよ?

 

そんな後悔と無念に押しつぶされそうで

責める相手がいなければ、気持ちを

ぶつける相手がいなければ、その刃を

自分にぶつけて、立ち上がれなくなり

子どもを育てられるような状態ではなくなる。

 

妻が命がけで残した我が子だけは

育てなければならない。

守れなければならない。

 

この子を責めることはできない。

自分を責めても生きていけない。

だから、関係した他人を責めていた。

 

私の場合は、母を責めている。

実の母親を責めるのは、他人を責めることより

遥に難しい。

 

子が親を責めるのは、親を憎んだり恨んだりするのは

心がバラバラに引き裂かれるほど、難しくて、辛い。

 

それでも親のせいにするしかなかった。

 

だけど、似たような境遇にあっても

”あの日”に留まったまま、暗闇から

抜け出せずに長い年月を過ごしてしまう人もいれば

 

一方で深夜先生のように

「同じ思いをする人を1人でも減らしたい」と

自らも医者になる決意をするような人もいる。

 

悲しみのどん底に突き落とされてもなお、

希望を捨てず、光を見出して自分の力で

這い上がって行こうとする人には

必ず愛が与えられ、

また人を愛することができるようになる。

 

私は離婚した時よりも

夫が亡くなったことを知ってから

母への憎しみがものすごく大きくなった。

 

愛した人の死は

誰かを憎まずにいられないほど

あまりにショックが大きいもので

夫をいじめていた母が

彼が38歳の若さで亡くなった後も

娘である私がシングルマザーになった後も

孫がパパのいない子になってしまった後も

 

父と肩を並べてテレビを見て

笑っていることが、許せなかった。

 

私と彼の子供である娘を

その手で抱きしめることが

鳥肌が立つほど汚らわしいことに見えた。

 

この人は、なんで笑っているの。

この人は、なぜ旦那と別れていないの。

なぜ夫婦揃って呑気にテレビをみたりしているの。

 

私は、その未来を他でもないあんたに、奪われたのに。

 

そんな思いで胸がいっぱいになって

どす黒い波動に覆われていた時期があった。

 

でも、この冬の帰省では

それほどの憎しみがもう湧いてこなかった。

 

許したわけではないけれど

なんか、だいぶ手放せている感じがした。

 

そこに、執着しない。

囚われていない。

 

2020年、夫の死を聞かされた後の

1年に比べて、今回の実家滞在では

母を睨みつける頻度が10分の1くらいになった。

 

小さな声で、「絶対許さない」と

呟く頻度も、30分の1くらいに減り

基本的に心が安定していた。

 

それは私の中に、小さな愛の灯火が点っていた

からだと思う。

 

好きな人はいるので、それも大きいけれど

それだけではなくて、ここまで元気に大きくなって

くれた娘への愛と、今の私を支えてくれている

周囲の人たちへの愛と感謝の気持ち

 

地獄の底に落ちたけれど

また這い上がって元気に笑って暮らせている、

むしろ、以前より自信を持ち、自分軸で

堅実にそして優雅に、強くたくましく

そして明るく素直に生きていけている

自分のエネルギーの高さと精神力に

感謝し、そんな自分を愛せている。

 

だから、母への憎しみを割と短期間で

手放すことができた。

 

今の自分の全てが母のおかげでも母のせいでも

ないけれど、母がお腹の中でこの魂に

肉体を与えてくれたことは確かで、

 

食べ物と寝床を与えて成長させてくれたのは

事実だから。

 

許したわけじゃないし

二度と母に愛する人を会わせたりしないとは

決めている。

母の老後の世話もしない。

 

妹のことも、最後には母に責任を背負わせたいと

思っている。

 

だけど、憎しみと恨みでどす黒くなって

顔が歪んだり心臓がバクバクしたりするほどの

思いはもうない。

 

許したのではなく

手放した。

流した。

 

それについて、あまり考えないようになった。

 

お母さんはお母さんの人生だからな、

自分で責任持ったらいいわ。

 

私は私の人生。

あの人が私の人生の邪魔をしてくる要素が

あることはよく分かったから

介入はさせない。そのすきを与えないように

細心の注意は払う。

 

だけど、それ以外は

母のことについてもう考えない。

 

3年経って、ここまで来れた。

 

それでもまだ、占い師に

「家族への罪悪感がある。

完全に手放していい。」と言われた。

 

それはきっと

夫と娘に対する罪悪感だ。

 

夫と添い遂げられなかったこと、

彼を精神病の世界から救い出せなかったこと

母の悪意に気づかず、守れなかったこと

 

娘には、父親のいない子にしてしまったこと

早くパパを作ってあげたいという思い

 

でも、占い師さんは

「あなたはとても頑張っている。

何もかも、あなたのせいではない。

罪悪感を持つことは1つもない。

その思いを完全に手放せたら、新しい愛がくる」

 

そう言ってくれた。

 

配偶者を亡くされた人たちが

みんな憎しみや罪悪感から解放されて

光の方へ歩いていけますように。

 

そして、愛の世界で笑って

暮らせますように。