映画『ラストマイル』
おもしろかった。
やっぱり、満島ひかりさんの演技が最高すぎる。
この映画の主題歌、米津元帥さんが歌う『がらくた』
米津さんが朝の情報番組でこの楽曲の誕生秘話について語っていた。
誰もが壊れている部分を抱えて生きているわけだから、友だちにも『壊れていてもいいじゃないか』と言ってやれたらよかったのかな
傷つき、どこか壊れてしまった人に寄り添い、壊れていても構わないから「僕のそばで生きていてよ」と語りかける曲。
これを聞いて、精神病だった夫を亡くし、一人で娘を育てているわたしが思ったことは
「配偶者はガラクタでもいいけど、親はガラクタじゃだめなんだよ」ということ。
わたしの夫は、確かにどこか壊れていた。
幻聴や妄想と言われるようなことがあって、理解できないことを真顔で言うし
なんでもない人を異常に怖がったりした。
新婚当初の1年間は、わたしは理解に苦しんで、「逃げたい」と何度も思った。
だけど1年も一緒にいれば、彼の優しさや人としての純真さを深く知り、寄り添いたいと心から思うようになっていた。
子どもが生まれてからも、わたしは一緒にいたいと思っていた。
それまで積み重ねた日々の中で、壊れているところも含めてわたしは彼を愛していた。
彼もまた、わたしの変なところやできないところも含めて、深く愛してくれていた。
側から見れば、無職で世界を放浪しているような夫婦で、地に足が着いていない、頼りない理解不能な結婚生活だったかもしれない。
それでも、わたしたちは楽しかったし、私たちなりにやるべきことを一生懸命やっていた。
「常識です」が口癖の保守的な母は、そんな私たち夫婦の結婚スタイルを憎々しげに思っていたんだと思う。
そして、こんな破天荒生き方のままで親になるなんて絶対に許せないと思ったらしい。
こんな人が、親をやれるなんて思えなかったし、信じたくなかったんだろう。
だから、母は私たちがこんな壊れ物のままでも子どもを育てられる、と証明する前に、私たちを完全に壊してしまった。
母からみてわたしの夫は「ガラクタ」だったから、わたしは「ガラクタ」を愛していたのに、わたしが大切にしているものを自分の基準で当たり前のような顔をして処分してきた過干渉なわたしの母親は、
それまで勝手に捨ててきた、ぬいぐるみやノートやプリントなんかと同じ感じで、
わたしの夫を捨てた。
完全に、壊してから。
わたしは一度母から逃げることを決意して、夫と子どもの3人で暮らしていた。
なんとか家族をやりたいと切に願っていた。
でもその短い時間に、完全に壊れてしまった夫が娘の前でソファを蹴り破り、テーブルをひっくり返して、娘の絵本をビリビリに引き裂く姿を見て、
母から逃げたかったのに、子どもを守るために夫から逃げることを優先しなければならなくなった。
一部壊れていた夫を完全に壊したのはわたしの母だけれど、
生まれたばかりの子どもを抱える母親としてわたしは、壊れた夫に寄り添って守ることよりも、世界の全てから我が子を守らなければならなかった。
ガラクタの夫を愛しているからと言って、子どもに被害が及ぶのを黙って見ていることはできなかった。
子どもがいないとき、わたしは壊れた夫に寄り添うことができた。
自分の時間とエネルギーの大部分を夫のために使うことができた。
でも、子どもが生まれたら、わたしの時間とエネルギーの大部分は子どもに使わなければならなくなった。
0歳や1歳の赤ちゃんは、親が守らないと簡単に死んでしまう。
怖かった。
夫に寄り添いたい気持ちはあっても、赤ちゃんから目や注意力を外すことなんて絶対にできなかった。
本来なら、夫婦二人で一緒に赤ちゃんにエネルギーを使うべき時だった。
わたしは赤ちゃんと夫のどちらに注意力を使うのか、天秤にかけることを余儀なくされて、赤ちゃんを選んだ。
選んだというより、それしか道はなかった。
実の親にもサジを投げられていたガラクタだった夫は、わたしが丁寧に寄り添って共感してきた結果、結婚生活3年で別人のように生気を取り戻し、とても穏やかで幸せな日々を送れるようになっていた。
そのままの夫であれば、一部分壊れていたとしても一緒に育児ができたかもしれない。
でも、母のいじめによってわたしと出会う前のように完全に壊れてしまった彼と、一緒に親をやることがどうしてもできなかった。
配偶者はガラクタでもいい。
でも、親はガラクタじゃだめ。
特に、子どもが小さい間は。
それが、過酷な育児初期を乗り越えてきたわたしの、素直な感想。