子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

死別・離婚・警察沙汰は人を変えてしまう

元卓球選手の福原愛ちゃんが、完全に人が変わってしまったと話題だ。

 

台湾人の旦那さんと離婚からの親権闘争、子供を拉致したとして一時は指名手配までされて日本にも台湾にも居場所をなくし、中国大陸へ渡った愛ちゃん。

 

元々の愛らしい顔はすっかりきつい顔になり、タイトな服にシャキシャキした中国語で完全にキツめの中国人女性へ変貌。

 

この変化を嘆く日本人は多い。私もその1人。

 

この頃、可愛かったね…

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でも、私は彼女の変化が他人事とは思えない。

 

配偶者との別れとそれに付随する争いは魂を削るものだし、さらに警察沙汰にまでなる経験をしたらもう、「可愛い女の子」ではいられなくなる。

 

私の夫も台湾とのハーフで、結婚していた時、私は台湾と日本の両方に居場所があった。

 

でも、色々あって数年前にその居場所を失った。

 

体が震えるほどの怒り、目の前が真っ暗になるほどの絶望、涙も出ないくらい、現実離れした深い悲しみ。

 

自分が弁護士や警察にお世話になるという非現実感。

 

それまで、常に親や男の人に守られて、世間知らずに天真爛漫に生きていた自分に突然降りかかってきた不幸の詰め合わせ。

 

一度手に入れたからこそ、喪失感が大きい。

愛される幸せを知ってしまったからこそ、愛を失った自分は、もう別人になるしかない。

 

取り返しのつかない過ち。

 

どこにも味方がいないような孤独。

 

配偶者との死別、離婚、警察沙汰は精神にダメージを与える要因のトップ5だ。

 

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それでも特に子供がいる場合、シングルマザーは人生を諦めるわけにはいかず、強くなるしかない。

 

強くならなければ、深い傷を抱えた状態で一人きりで働きながら人間を育てるなんて偉業をこなすことなどできない。

 

可愛いママでいたかった。

可愛い奥さんでいたかった。

 

愛ちゃんだって、そうだと思う。

 

さらに愛ちゃんの場合は、子どもとも引き離されてしまった。

母親にとって、自分が産んだ子どもとの別れ以上に辛いことはない。

 

結婚していた間、旅行のたびにフォトブックを作っていた。

たまにそれを眺めて思う。

 

新婚当初の私、可愛かった。

愛されている顔、人を信じている顔、夫の肩に寄りかかって、安心している顔。

肌艶も良くて、全身から幸せが溢れていた。

 

人は、愛を感じることができなければ、魂を輝かせることができない。

 

夫を失い、親の正体を知り、配偶者と親という2つの根幹にあった愛を一度に失った私は、どれだけ保湿を頑張っても、ダイエットを頑張っても、新婚当初のあの輝きを取り戻すことはできていない。

 

この数年間は自分の美容のことなど忘れていた。

見た目よりも、心の傷を癒すケアに忙しかったから。

 

だから自分の外見を大切にする気持ちになっただけで進歩だし、それも魂が喜ぶことなのだけど、愛し愛される人生の伴侶がいるという安心感に勝る美容はない。

 

愛ちゃんは、どうなんだろう。

今の自分が、好きだろうか。

 

愛ちゃんのご両親は、今の愛ちゃんをどう思っているんだろう。

家族の仲は、壊れたんだろうか。

 

きっと、以前とは違う空気にはなっているはずだ。

 

幸せな結婚をさせてあげられなかった、選手引退後に幸福に生きられる人間に育ててあげられなかった、卓球だけさせるべきじゃなかった。

 

そんなふうに思ったりしているだろうか?

 

卓球に半生をささげて、生まれつきの愛らしい顔もあってみんなにチヤホヤされて、ある意味世間知らずだった愛ちゃん。

 

私はそれに比べるとごく平凡な子供時代を過ごしてきたけれど、天性の性格と母の過干渉のために、世間知らずに育ってしまった。

 

馬鹿みたいに人を信じて、人に任せることを躊躇しない天真爛漫な大人になってしまったがために、結婚生活という大人の任務においてうまく自分で舵を取ることができなかった。

 

自分の人生の舵を、母に任せてしまっていた。

 

そんなことに気づいたのが自分が親になって夫婦を壊された後だった。

 

思い描いていた人生と違うことになった時、配偶者と家族を失い、周囲の批判にも晒されて絶望した時、自ら命を絶つ人もいるが、それより多くの人が、人生をリセットして新天地でやり直すことだと思う。

 

人生のやり直し起動時は、ものすごいパワーを必要とするので当然顔もキツくなる。

人のことも信じられなくなる。

 

人間、ずっと1人で頑張り続けるなんてできないのだから、私にも愛ちゃんにも、新天地でまた真の愛を見つけて、穏やかな顔になれる日が来ることを、切に願っている。