子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

健やかなる時も病める時も、共にいることを誓いますか?

(この記事は過去に書いたものを転載しています)

 

2016年10月13日

 

タイトルは、結婚式で誓う言葉です。

結婚式を挙げている時は、ほとんどの人はこの言葉の重みを

考えることもないままに、「はい、誓います」と言うでしょう。

 

さて、本当に伴侶が病んでしまった時、共にいることは

ものすごく辛いことです。

 

しかし体の病気の場合、例えば脳梗塞になって麻痺が残ってしまった。
左半分の手足が不自由になってしまった。

それならば、左半身を支えてあげる。歩行を介助してあげる。

 

やってあげられることは、はっきりしています。

 

がんになってしまった。

病床で抗がん剤の副作用と闘う愛する人の姿は、見るのも辛いでしょう。
もしかしたら、もうすぐいなくなってしまうのかもしれない。

こんな風に思って胸が苦しくなるかもしれません。

 

でも、それでも、愛する人はあなたが結婚式の時愛を誓った

その人そのままなのです。

思うように動かない体にイライラして、八つ当たりされることも

あるかもしれません。

それでも、人格までは変わっていないのです。

 

精神障害の場合は、どうでしょうか?

 

あの時あなたが愛したその人は、今も同じその人でしょうか?

 

まるで別人かもしれません。

人格が、変わってしまうのです。精神障害というのは。

 

好きになることの重要な要素の1つが、性格だと思います。

 

優しいところが好き。

おおらかなところが好き。

ちょっと天然なところが好き。

正直なところが好き。

 

精神障害になると、これらの性格は、真逆になることさえあります。

 

私の夫の場合、出会った当初すでに統合失調症と診断されて

7年が経過しており、

出会った当初は1日3回リスパダールを服用して、

かなりぼーっとした状態だったようです。

 

そんなことは知らない私は、彼のことを、

「穏やかで、ゆったりしていて、素朴な感じの人」

だと、思いました。

薬の影響でゆったりになっていたのを、

私は彼の性格だと認識しました。

 

そりゃあそうですよね。

薬を飲む前の彼を知らないんですから。

 

結婚後、夫婦で懸命に精神療法をあれこれやって”逃げたい”

彼の希望のままに引っ越しを繰り返して、夫の症状は落ち着き、

やる気が出てきました。

 

元気になって、よかった。

 

・・・・と手放しで喜べないのです。

 

彼は、結婚当初とは別人になってしまったから。

減薬に伴い、私の知らない本来の彼が出て来たのです。

 

ゆったりしている人だと思っていたら、実はせっかちな人だった。

おおらかな人だと思っていたのに、ものすごく神経質だった。

 

私が結婚した時、母や叔母も、夫のことを

「おおらかな人」だという印象を持っていたので、

「おおらかな人が一番いいよ。神経質な人だけは、

あかん。苦労するから。」

 

そう言っていて、私の夫選びは正解だったんだと

安心したことを覚えています。

 

それが結婚して数年経って、なんと夫は神経質な人になってしまった。

細かいことをあれこれ言ってくるのに、辟易しています。

 

のんびりしたほっこりできる人だと思って結婚したのに

とんでもない気難し屋だった。

 

それに、プロポーズ当時私に言ったことは、

全部被害妄想から言ったことだった、と後から言われました。

 

プロポーズの言葉が、妄想状態から言ったことだったと。。。。

 

だからその時のことを今言わないでほしいと。

 

約束が違うんだけれども、それを言わないでほしいと。

 

なぜならあの時の自分はおかしかったから。

 

 

人格も、体格も、言っていることも全部別人になってしまった

夫のことを、

愛せるのでしょうか?

 

私が結婚を決めたあの人は、誰だったんでしょうか?

 

そんな私の気持ちを、思いやることも彼にはできません。

 

元気になったんだからよかったじゃないって。

 

確かにねえ。あの頃の方が病的で不気味だったから、

よかったのはよかったんだけど、

ここまで人格が変わったことに戸惑うのも仕方ないと思うよ。

 

 

今夫は1人で自分の実家に帰っています。

私も娘も一緒に行きたいと言ったのを「殺すぞ」とまで

言って行かせてくれなかったのに、

帰ってみたら意外と大丈夫だったらしく、

「よかったらおいでよ」と平然と言うのです。

 

こんな風に、昨日と今日で言うことが180℃変わるのです。

 

記憶が確かな私が「こう言ったじゃない!」と言うと

「そんなこと言ったっけ?」と言うか

「あの時はちょっと落ちてたから」とか言うのです。

 

自分の言動に責任なんて持たないし、

悪びれる様子もありません。

 

いちいち真に受ける私の気持ちの浮き沈みを、思いやる気持ちは

1ミリもないみたいです。

 

 

 

ねえ、知ってる?

 

 

人は、傷つくんだよ。

 

あなた以外の人間にも、心ってあるんだよ。

 

 

私が夫の実家に一緒に帰りたいと言った時に「連れて行くなら殺す」

とまで言って、「うちの親孫に会いたいなんて思ってないよ。」

などと言って帰らせなかったのに、今更「おいでよ。いいとこだよ。」

 

・・・・・

 

そんなんなら、最初から一緒に帰らせてくれれば、

こんな傷を負わなくて済んだ。

普通に楽しく帰省して、それでよかったのに。

 

やっぱり夫は多重人格なのかもしれません。

 

自分でも記憶がないことがよくあるみたいだし。

 

 

病める時も、共にいることを誓いますか・・・・?

 

 

精神を病むとは、こういうことです。

 

愛を誓ったあの人とは、別人になってしまった人と、

共にいるということです。

 

 

本当に、誓えますか・・・・?

 

 

私は、離婚届を出したいという気持ちが、

1日に1度は出てきます。

 

そこまでの気持ちになっているのに、

夫は相変わらず私の気持ちを軽視しています。

 

愛って何でしょうか?

夫と話をすると、あまりの理不尽さに、怒りと憎しみで

いっぱいになることが多いです。

 

 

夫の家は、親子そろって恩知らずの礼儀知らずです。

 

1週間ぶりの電話でも、夫は私の気持ちが晴れるようなことは

何一つ言ってくれませんでした。

それどころかさらに気持ちを逆なでするようなことばかり言って、

夫と話をしなければ落ち着いていたこの心が、

また波立って怒りでいっぱいになってしまいました。

 

だからもう、戻ることはないかもしれません。

 

赤ちゃんの我が子の成長を、夫と共に喜びたい。

そんな”普通の”願いは、”普通”にとことん逆らう夫とは無理なこと

なのかもしれません。