子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

子どもを持つと夫婦に何が起こるかー夫に子育てのパートナーになってもらうためにー

(この記事は過去に書いたものを転載しています)
 
2016年12月11日
 


 

こんなタイトルの本を買って置いていたので、夫に見つかって

怒られた。

「俺のこと何かの障害があるって思いたいんだね!」

と・・・。

 

統合失調ではない、と能力者の方たちに言われて私も

少し時間はかかったものの、今はそれを信じている。

 

でもじゃあなんでこんなにも意思疎通ができないのだろう?と

疑問に思い、統合失調と発達障害は関連性が強いといろいろな

記事で読んだので、私の夫も発達障害があるのでは?と疑っていた。

 

そんな時にぴったりのタイトルの本を見つけたので夫がアスペルガー

どうか、読んでみようと思った。

 

読んだ感じ、夫に当てはまると思うところもあれば、当てはまっていない

ところもあったので、やっぱりよく分からない。

 

けれど、これってアスペルガーの夫だけに限らない、

ほとんどの男性、どんな夫婦にも

当てはまるよな、と思うことがたくさんあった。

 

本の中でも、アスペルガー夫だけでなく、

一般的にどの夫婦にも起こり得ることとして、

子どもが生まれてから変化する夫婦の生活について書いてあるところがあった。

 

子どもの誕生で夫婦にギャップができることは一般的。

喜ぶべき子どもの誕生が、実は大きな、

そしてその後長く続く夫婦の葛藤をもたらすことは、不都合な真実です。

 

本の中で紹介してあった別の本

  

 

で述べられていることとして、

 

子どもの誕生はそれ以外のストレスとは関係なく、

それ自体が夫婦を引き離すことを明らかにしました。

 

彼ら(研究者)によれば、夫婦から 親への移行期に妻が夫に望むことは、

ヘルパーではなくパートナーであり、

家庭と子どもに関して積極的な役割を担ってほしいことでした。

 

さらに、母親になった自分が感じている子どもへの情緒を理解し、

一緒にいて、疲労を和らげてほしいということなのです。

 

このことは、現在イクメンに期待されているように、

妻は夫に具体的なサポートをして育児を担うヘルパーのような助けを

求めているだけでなく、パートナーとして気持ちを共有することが

とても大切だということを教えています。

 

「育児を助けてほしい」ではなく、子育ての労力を分かち合ってほしいと

妻が思うとき、夫に期待される行動はたとえヘルパーと同じでも、

実は、妻が心から求めているものは夫の気持ちや言葉なのです。

 

また、助けた人は”助けた”ことに感謝を期待します。

しかし、子育てが大変で、夫に助けを求めても、

それは父親として当然のことで、妻が夫に感謝しなければならない

(負担を感じなければならない)事柄ではないはずです。

ここに夫と妻の心のズレが生じてくるのです。

 

 

まさに‼

 

よく世の夫たちは家事育児を「手伝う」「助ける」と言うが、そうではなくて

「一緒にやる」「分かち合う」ことこそが妻が求めていることである。

 

育児の細かいあれこれをただ手伝ってもらうだけなら、

ベビーシッターが一番いいでしょう。

子どもの扱いに慣れていて知識もあって。

 

妻は夫にベビーシッターの代わりを求めているのではなく、

しんどいんだ、大変なんだ、不安なんだ、ということをちゃんと理解共感して

同じ立場で考え、見てくれるパートナーであることを求めている。

 

夫は父親への移行期に妻が経験する肉体的、情緒的な変化を経験しません。

父親になる前と後では彼らの物事の優先順位には変化がありません。

夫は自分の生活を変える必要があると思っていないのです。

 

それなのに疲れて帰ってくると家庭では、夫としての自分の存在や

関心が低下しているうえ、妻からバランスのとれない親和を要求され、

過度に依存されていると感じてしまうのです。

 

彼らの研究によれば、12~13パーセントの夫婦がせっかく赤ちゃんが

生まれたのに、そのことで「関係がひどく悪化した」に分類され、

配偶者への愛情が減り、心理的葛藤と摩擦が増え、

夫婦間のコミュニケーションが低下していました。

 

子どもの誕生によって広がる夫婦のギャップの原因は、

生まれつきの性差や育ち方の家庭にあるのだと考えられています。

 

しかし、特にお互いを否定するような関係に陥りやすいのは、

男性がさまざまな局面で、不安定な言動をするカップルでした。

 

不安定な男性は関係性の変化による自分の心配だけで頭がいっぱいになり、

妻の感情や問題まで目が向かない。

妻の欲求に恐れを感じ、自己中心的行為(テレビ、本、趣味)に

向かってしまい、逃げ場(仕事、スポーツ)に没頭します。 

 

うちの場合は、まさに夫が不安定な言動をするカップルだから、

互いを否定するひどい関係になってしまった。

 

統合失調かアスペルガーか能力者なのか?といった分類は私には

さして問題ではなく、”不安定な言動をする”という紛れもない

今ここにある事実が、耐えがたかった。

 

子どもが生まれたんだから父親の仕事はお金を稼いで家族に

経済的安定を与えることだよ、と言えば、

勢いで高額の投資を繰り返したり、

一つの結果が出る前に次々いろんなことに手を出し、私の不安を増長させた。

 

仕事やスポーツを逃げ場として没頭してくれるなら全然よかったけど

夫の場合は睡眠薬に逃げてしまった。

 

クスリに逃げたりしたら、それこそ身を滅ぼす危険もあり、

「楽しもうよ~」と言ったかと思えば「死にたい」と言う不安定さ。

 

産後の私の情緒に付き合うどころか私の方が夫の不安定な言動に

振り回されていたのだから、私がパニックになって逃げだしたのも

仕方がないと思う。

 

我ながらよく持ちこたえたと褒めてあげたい。

 

 

でもじゃあどうすれば?

 

夫に子育てのパートナーになってもらうために

この本にはアスペルガーの男性に、と特定しているけれど、

以下のことはどの男性にも当てはまることではないかと思った。

男性は一般的に言葉がなければ態度で想像することが苦手なので、

まったく予測できない赤ちゃんのサインに気づきにくく、

細部に注意が向き過ぎてしまい、大切なことに気づかなかったりするのです。

 

また、手順や段取りが苦手な人が多いので、

小さな子どもの世話にはあまり向いていません。

 

中にはよく子どもの世話をしてくれる夫もいますが、

よく観察してみると、内容は赤ちゃんの取扱説明書レベルの

場合が多々あります。

 

 

夫たちも、もちろん妻と子どもを愛していて、力になりたいと思っている。

 

男性には、作業の内容、手順と目的を具体的に説明し、

それを把握しさえすれば、子どもの世話に留まらず食事の世話も

家事全般もできます、と。

 

理論的で合理的、一点集中型の男性に何か頼むときは、目的、手順、内容を

具体的に一つ一つ説明すること。

そうすれば自分の任務としてむしろ女性より丁寧に、きっちりこなしてくれる。

このことは多くの妻が経験済みではないだろうか?

 

もう一つ重要なポイントは、そのことが社会的に評価されること。

 

男性は無意味なこと、無目的なことをするのが苦手です。

ウインドウショッピング嫌がりますよね?

目的の店に一直線するのが男性です。

話のオチがないのを嫌うのも同じ理由から。

 

育児をやって妻が感謝称賛することはもちろん必須なのだけれど、

それだけでは継続しないことが多い。自分の子どものためであっても、

妻を情緒的に支える目標であっても、それだけではなかなか子育ての

動機付けになりません。

 

長い目で子育てを継続的に行うには、自分のキャリアに有利になる、

自分でやる方が得だという経済的メリット、

あるいは他者からの社会的評価が必要である、と。

 

なるほどね~。

 

だから男性は外に向かってやたらとイクメンアピールするんだね。

 

私の夫も、他者に「育休中です」「今は子育て中心なんで」とか

イクメンアピールしてる時期があって驚いた。

 

え?育休?頼んでませんけど?

むしろ仕事してって頼んでるんですけど?

 

子育て中心なのは私なんですけど~?

 

そう思っていたけど、社会的評価がモチベーションにつながるのが男性心理

なのだね。

それならアピールくらいかわいいものだと大目に見てあげましょう。

 

子育てだけでなく、生活のすべてに共通しますが、

夫には何かをしてほしいときには、必ず具体的に伝えなければなりません。

 

しかし、それは情緒的であったり、叱責するカタチでは受け止めてもらえません。

反対に褒めすぎると特別なことをしたと思ってしまいます。

 

同じ気持ちになってもらうには、伝え方に工夫が必要になります。

 

その工夫とは、してくれた行為が「特別ではない」ということ、

しかし「当然のことができる常識人であること」「できる人である」という

「優しい」意味があることを伝えていくことです。

 

なかなか面倒だ。。。

 

でも、夫は夫なりに妻子を愛していて、力になりたいと思っている。

ただ考え方、表現方法が妻が思っているのとズレているだけなんだと、

夫の善性を信じる、ということは忘れない方がいいかもしれない。