子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

崩壊している日本の学校教育。虚しさを募らせる教師たち。

昨日クローズアップ現代で今の学校教育の実態を

やっていた。

 

「生徒に暴力を振るわれる教師たち」

 

中学校や高校で生徒が教師に暴力を振るうケースが

増えているという。

 

小学生でもそういうことがあると。

 

小学2年生の男子にバットで後頭部を殴られ

難聴になってしまった女性教師が出ていた。

 

小学2年生のクラスで教師を順番に引っ叩くという

遊び?が流行っているとも。

 

それに対して教師は完全に無抵抗で

生徒の暴力が野放し状態になっているらしい。

 

教師が無抵抗なのは、教師側がやり返して

平手打ちでもしようものなら即保護者から

訴えられたりして何らかの処罰を受けることになる。

 

学校をやめさせられたり、転校させられたり

警察のお世話になったり

永久に教職から追放されたり

 

そういった教師への厳しい処分を恐れて

先生たちは生徒に暴力を振るわれるがままになっていると。

 

実はわたしも教師の端くれである。

 

わたしは語学教師だから教職免許のある

義務教育の教師とはちょっと違う。

 

だけど、4月に勤め始めた専門学校でのクラスは

30人程度の留学生に50分の授業をするというもので

複数の常勤非常勤の教師が科目ごとに教える。

 

ここが、わたしが初めて目にした

”THE 学校” だった。

 

それまでは海外の語学スクールで教えていたから

多くても10人までの少人数で

趣味や仕事終わりに習いに来る社会人がほとんど。

 

アットホームな雰囲気で会話を楽しみながら

レッスンするというリラックスした楽しいものだった。

 

日本の大きい学校で教えた経験がなかったので

噂には少し聞いてはいたものの

自分の経験から勝手にリラックスムードの

授業を想像し、ワクワクしていたのだった。

 

それがいわゆる”学校”という場所での授業は

全く違っていた。

 

まず

起立!礼!着席!」という号令をかけるところから

始まるのだから

 

「は〜い、こんにちは〜。今日は暑いですね〜。」

とかの会話から始まる語学レッスンとはもう完全に違う。

 

そして最近の日本への留学生は多くがベトナム人

日本語教師ベトナム人アレルギーになるという。

 

わたしが授業していた専門学校は

高校を出て日本の日本語学校で2年程度日本語の基礎を

学んで、それでもまだ大学進学や就職には日本語能力が

足りずにつなぎに入学するという立ち位置の場所だったから

 

基本的にお勉強が嫌い、勉強する姿勢ができていない

学生が多かった。

 

採用後の講師会で渡されたプリントに

・寝かせない

・携帯をさせない

・私語禁止

を指導してください。

 

とか書いてあったけど、

まさにこの通りの状況だった。

 

学期が始まって1ヶ月もすれば

学生も慣れが出てきてアルバイトも始めたりして

 

悪いクラスでは3分の1が寝ている。(机に突っ伏して)

他は携帯を触っている。

30人いる学生のうち真面目に授業に参加しているのは

3人程度。

 

ジェスチャーしてもほとんど誰も見ていない。

質問したらそれから慌ててプリントをみる。

質問を聞いていない。

教科書を持ってこない。

プリントは授業後すぐに教師の前でゴミ箱に捨てる。

ペアタスクをさせようとしてもペアの顔を見ようともしない。

喋ったかと思ったら母国語でなんか関係ない話で大声で

盛り上がる。

他の生徒の回答を全然聞かない。

間違いを指摘したら拗ねて下を向いて聞かない。

 

2年勉強しているはずなのに

ほとんど話せない。

 

最初はやる気満々で、仕事復帰が嬉しくて

あれこれ準備してニコニコ教室に入り

何とか生徒とコミュニケーションを取ろうと

していたわたしも

 

昔のドラマの3年B組のような態度の悪いクラスを

実際に目の当たりにして

急速にやる気がしぼんでしまった。

 

何だこれ?

何の時間?

 

わたし、独り言?

 

数学や歴史の授業、講義ならまだしも

語学の授業というのは質問して答える、という

キャッチボールがなければそもそも成立しない。

 

教師が教壇で淡々と文法の説明をするなんて

そんなんで会話力が身につくわけがない。

 

だけど学生の応答がないので

仕方なしに淡々と一部の聞いてくれている学生だけ

みて静かに授業を進めるしかなくなっていった。

 

常勤講師からは最初は

寝ている学生は起こして、携帯は取り上げてもいい。

ひどい学生は追い出しても構いません。

 

などと言われてそういうことをやっている非常勤の先生もいた。

 

毎回毎回寝ている子に「起きてくださ〜い。」

「携帯やめてね〜。はい、こっち見て〜。」

「今何する時間ですか〜?」

 

何だこの時間。

 

先生たちの対応は様々で

 

ある先生は授業中一切ニコリともしないと決めている。

ある先生はペットボトルで寝ている学生を叩く。

ある先生は「あなたたちにはがっかりした。」と説教する。

ある先生は生徒が謝るまでじっと顔をみる。

ある先生は出席簿を叩き割る。

 

そこには和やかさは一切なく

わたしは語学というのはリラックスした雰囲気、

間違えてもいい雰囲気というのがないと身につかないと

思うので、こんなピリピリした空気ではもう授業にならない。

 

小学校や中学校の義務教育ならまだしも

大人向けの外国語の授業で

 

「おら!ちゃんと勉強せえ!」という姿勢はそもそもおかしい。

 

植民地支配じゃないんだから。

外国人にお前らつべこべ言わずに日本語覚えろよ!

と厳しくするのはそもそも違う。

 

外国人の方が日本や日本語に何らかの魅力や必要性を感じ

「わたしは勉強したいです。先生教えてください。」

という立場であるのが本当だと思う。

 

先生の方が聞いていない学生に向かって

「授業ですよ〜。これ大事ですよ〜。聞いてね〜。」

学生が

「はん?めんどくセーな。」

みたいな立ち位置は、完全に逆である。

 

だからわたしはクラスの半分が寝ている日も

声を荒げることはとうとう一度もなかった。

 

ただ「虚しい」という気持ちだけが募っていった。

 

どうせろくに見もせずに目の前で捨てられる

プリントを、可愛い我が子を保育園に預けて作成する。

 

月曜の授業で今度こそ何と説教してやろうか、

と考えて知らぬ間に顔が曇っている週末。

 

「こんな練習をしてみようか」と考えるのが教師の本職であるのに

「どうやって叱ってやろうか」と考えている日々。

 

少しだけ、中高の教職員の気持ちがわかったような気がした。

 

わたしは、離婚劇で20年分くらいの怒りのエネルギーを

放出してしまった直後なので

もうこれ以上他人を怒るエネルギーなど1%も残っていない。

 

ただでさえ、2歳のやんちゃ姫をどうしても叱らなければ

いけない時期。

 

赤の他人のベトナム人を叱るエネルギーなんて

もうかけらもないのだとよくわかった。

 

怒りというのは本当にエネルギーを消耗する。

そして人間にとって”無視される”ことが一番辛いことだから

 

授業をしているのに聞いてもらえないという状況は

たとえ教師自身に魅力がないことと直結はしていないと

頭でわかっていても、だんだん心がしぼんでいくものだ。

 

打っても響かない。

馬の耳に念仏。

のれんに腕押し。

 

どんなに虚しくても、学生の成績が上がらなくても

給料はきちんともらえるのだから

わたしは女手1人で子供を育てていかなければ
いけないのだからそれでもいいんだ、と

一年はやろうと思っていたのだけど

 

週末に娘と遊んでいるとき

つい学生を叱る方法を考えていて

娘に八つ当たりしてしまった自分に気づき

 

なんで怒り方ばかり考えなくちゃいけないんだろう。

わたしはもう安心安全ハッピーしかいらないのに。

 

離婚までの2年間ずっと怒っていた。

もうこれ以上怒る力なんか残ってないのに。

 

こんな虚しいこと

可愛い盛りの子供預けてまでやってる意味ないわ!

 

プツンと切れたから

今学期でやめます。と夏休み前に

あっさり退職した。

 

わたしのように未練なくスパッと退職できる人は

いいけど、不満いっぱい鬱になりかけでも

仕事を簡単にやめられない人の方が

まだ多いみたいで、そういう人たちがどんな感じで

働いているかという話はまた今度。

 

教師と生徒の立場が逆転してしまっている今。

子供が学校で”知らないことを学ぶ”ことに集中できないのには

やはり原因は家庭の中にある。

 

教師は本当に大変だ。誰にでもできることじゃない。

やはり教師、人に何かを教える仕事は

尊敬に値する。

 

長年かけて人に教えられるレベルにまで

積み上げきた知識や技術、経験を聞くことは、

真摯に耳を傾ける価値がある。

 

 

親たちは、このことを子供にきちんと教えなければいけない。

 

教師を厳しい目で見るより、親である自分を

見つめ直してみてはいかがだろう。