子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

里帰り出産の理想と現実〜生まれた家族の亀裂〜

 

(このコンテンツは2015〜2016年の里帰り出産時の記録を書いていた過去ブログ記事をまとめたものになります)

わたしが里帰り出産を決意した理由

外国で妊娠したから、里帰り出産するのが当たり前だと思っていた。三十八で初産だし、実家で母の協力を得ながら初めての子育てをスタートするのが最良の選択だと信じて疑っていなかった。

初孫の誕生だし、両親も長いこと海外にいる娘が孫を産むために実家に 帰ってくるのだから、さぞかし喜んでくれるだろう、と信じて疑わなかった。みんな、出産という命がけの大仕事をする私を最優先に気遣い、労わり、 支えてくれると信じていた。

ところが、私のその期待はみごとに裏切られた。

家族それぞれが、結局は自分の気持ちを最優先に行動してしまうことが分かって、だけどみんな表層意識的にはそれぞれのやり方で私をサポートしようとしてくれているのも分かって、実家に帰ったことは、却って私の心を押しつぶす結果となった。

 

まず、妊娠5か月の時に日本で一度妊婦健診を受けるために帰った時、 母はなぜかずっと不機嫌だった。私も夫も、初孫ができるというのになぜ母がこんなに不機嫌なのか 全く理解できず、ただ気分が悪かった。

私達を車に乗せている時、ずっとガムをくちゃくちゃ噛みながら 仏頂面で無言で、時々発する言葉はわざわざ低い声で 意地悪だった。

夫は、その後何度も、「どうしても日本で産まなきゃダメ?こっちで産む選択はないの?」と聞いてきた。

母の不機嫌もあって、元々日本が、日本人が怖いという思いがあった夫は、半年も日本で過ごすこと、しかも私の地元、親のそばで過ごさなければいけないことが、嫌だったのだと思う。

それでも私は、身内もいない、頼れる人が夫しかいない状況で初めて出産するのが、どうしても不安だった。

そしてどこかで、この里帰りが最大の親孝行になると思っていた。『親孝行したい』物心ついた時からずっと この思いを強く胸に抱いてあれこれ試みては失敗していたように思う。

私が親孝行しようとすればするほど、両親はそれを拒絶する。「おまえに親孝行なんてできないんだよ」というメッセージを送り続ける。「おまえは親を喜ばせたり、幸せにできる人間じゃない。いつだって一方的に私達の世話になる弱い存在なんだ。」

そんなメッセージで親孝行したい気持ちを跳ね返される。

何度も、それを味わっているのに、私はまだ性懲りもなく、孫を産む、そしてそばにいることが、人生最大の親孝行になると、今度こそは、親を喜ばせることができると、固く固く、信じていた。

 

だから夫の躊躇を一喝し、有無を言わさず、妊娠9ヶ月で実家へ戻った。

夫と共に。

実家に到着した私たちを迎えた母の不機嫌

実家に到着して、やはり母はぎこちない表情だった。
私達はすぐにマンスリーアパートを探して、産後もそこにいるつもりだったけど、両親が、「産後は家にいたらいいじゃない、壁の薄いアパートだったら赤ちゃん泣いたら何か言う人もいるかもしれないし。」と提案してきた。

まあ、両親が孫と一緒にいたいというのが一番の理由だったと思うけど、その時は、そうした方がいいかなあ、と私も思った。確かにご近所を気にしながら赤ちゃんの世話するのも嫌だし。

夫も、その時は、「僕はそれでも別にいいよ。お母さんの料理おいしいしね。リリちゃんもその方が楽でしょ。」と言ってくれた。でもその後、アパートに入居するまで3週間ほど実家にいる間にそんな考えは微塵もなくなった。

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