子の心親知らず

実の母親に家庭を壊された毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

毒親に話が通じない理由「子どもを家畜か椅子くらいにしか思っていない」

娘のために実家に帰っているけど、母と一緒にいると憎くて悔しくて苦しくて、

ものすごく悲しくなる。

 

母が本当に孤独で気弱になった時を待って仕返しをしようと考えていたのに、父が入院して不在になり、妹に嬉しそうにLINEしている姿を見てどうしても我慢できなくなってしまった。

 

父がいると母に文句を言わせないので、いない今、そして普段なら私が何か言うとすぐに父に告げ口して私を叱らせるけれど、さすがに手術したばかりでしんどそうに病院のベッドに寝ている父には言えないだろうと思う今

 

姉妹を仲違いさせたまま父か母のどちらかがしんだら、どうなるのか

介護が必要になったらどうするつもりか

母に言ってみたくなった。

 

武士道の本の中の、「兄弟を仲違いさせた母親の末路」のページを読ませたくなった。

 

www.snowwhite-escape.com

 

 

また、愚かな娘の「わかって欲しい」が少しだけ湧いてきてしまったんだ。

 

本を読んだ母は、一言怒りを滲ませて

 

「あんたはもうお母さんの面倒は見ませんってことなんやな」と言った。

 

あの本には、そうならないように「親として心得よ」と書いてあったのに、姉妹を仲違いさせた自分の間違いに気づくことはなく、ただ「老後の面倒は見ない」と暗に言う娘に対する怒りしかないみたいだ。

 

今、父が入院したことで母は毎日のように自分の姉と電話で話している。不安を和らげるために、姉妹の力を借りている。

 

二人の姉は、もう夫を病気で亡くしている。母は三人姉妹の末っ子だ。

 

私たち姉妹は、何かあっても連絡して助け合ったりはできない。

母が計算してそんな風に子どもたちを育てたことが、私はどうしても許せない。

 

今、70すぎて夫の世話をし、姉に電話をして「ありがとう」などと言っている母は、実の娘である私の夫には「育児に男はいらん!」と言って追い出した。

 

それも言いたいことだった。

 

夫に向かって「育児に男はいらん」と言ったことや、里帰り出産時に自分がした数々の意地悪について、やはり母は政治家ばりの知らんぷりを通した。

 

やってない。

言ってない。

あんたらが勝手にケンカしたんやろ!

 

私の夫が統合失調症という極端に傷つきやすくてストレスに弱い性質だったことも、私は結婚生活の中で散々説明して一緒に糖質療法に協力してもらったことさえあるのに、全然理解していなかった。

 

母に傷つけられたことで陽性症状が出るようになってしまい、暴れて赤ちゃんを抱えた私がパニックになっていたのを、ただの「夫婦喧嘩」だと思っていたみたいだ。

 

「あんたら喧嘩ばっかりしてたやんか!」と離婚が私たちのせいだと言いたい母は言ったけど、本当は母のことで精神崩壊した夫が統合失調の症状が出て暴れて危険だから私は赤ちゃんを守るために逃げていた。

 

母から逃げるために実家を出て、夫から逃げるために実家に戻る。

 

産後3ヶ月間の私は、そんな状況だった。

 

それを母は、「夫婦喧嘩している娘を助けてやった」と都合よく捉えているようだった。

 

6年の結婚生活の間に夫の統合失調の症状は格段によくなり、妊娠中は最高に平和で落ち着いていた。私たちは二人でいる時、喧嘩することもほとんどなかった。

 

母は、婿が精神の病気を持っていることを知りながら、そんな夫の心をぶち壊して娘と生まれたばかりの孫の命を危険にさらした。

 

どうしてそんな食い違いが起きるのか。

 

毒親というのは、子どものことを同じ人間だと思っていないからだ。

 

ある毒親カウンセラーは、毒親は子どものことをよくて家畜、ひどい時は椅子かなにかくらいにしか思ってないですよ。

 

と言った。

 

だから話が通じない。

 

家畜がブヒブヒ言ってても、お腹すいたんか、くらいにしか思わないし、椅子が喋っても気のせいかとしか思わないですよね、と。

 

子どもの方は一人前の人間として意見や気持ちを言っているつもりでも、相手には雑音程度にしか聞こえていない。

 

毒になる親の脳はそうなっている。

 

だから娘が果てしない努力を重ねて守ってきた結婚生活を、自分の幸福のためだけに一瞬でぶち壊すことが平気でできる。

 

家畜の豚を売るために屠殺するのに、養豚家がいちいち罪悪感をもたないのと同じことだ。

 

だから話しても何にもならない。

 

ただ、私は今回、もう自分一人で全ての負を背負っているのがほとほとアホらしくて嫌になった。

 

この荷物を、本来持つべき人に返したくなった。

 

だから母の悪行を手紙で義父に伝え、母本人には「恨んでいる」とはっきり伝えた。

 

自分のやったことに自覚がなくても、娘に「恨まれている」ということだけは知って欲しかった。もう、家族全員が揃って笑い合う団欒は来ないのだということを、そしてそんな家族を作ったのは他でもない母自身なのだということだけは、知って欲しかった。

 

私は母を信頼して、親孝行になると思って、里帰り出産したことを「後悔している」そして母を「憎み、恨んでいる」だから「老後の面倒は見ない。」

 

今回初めてはっきりと言葉にした。

 

母には「娘に恨まれている」ことを胸にこの先生きてほしい。

 

これまで8年間、一人で抱えてきたこの重荷を義父と母に渡したことで、母のそばから離れた後の私の心は少し軽くなるだろう。

 

それからは、母のことは忘れて私は自分と娘の幸せのためだけの努力に集中する。

 

母のせいで家族をごっそり減らされた。

 

次は逆、母が家族が減る一方で、私は家族を増やす。味方を増やす。

 

まずは顔に現れている”負”を消すため、表情が明るくなるように努力しようと思う。