子の心親知らず

出産後2年で離婚した毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

団塊世代は愛情不足 その子である私たちはどう生きるか

団塊世代とは・・・

昭和22年から24年の第一次ベビーブームに生まれた

現在最も人口の多い世代のことである。

 

戦中生まれの親を持ち、日本の高度経済成長、バブルを

経験した世代。

 

そしてその子に当たる世代は1971年から74年までに生まれた

世代が多く、第二次ベビーブームと言われるほど

ここも人口が多い。

 

私の母は昭和24年生まれでドンピシャ、

父は昭和26年生まれでまあほぼ団塊世代

 

団塊世代はその人口の多さと戦後の物資不足から

「常に足りない」感覚を持って子供時代を過ごした。

 

うちの両親の場合は田舎だったので

その両親(私の祖父母)は一日畑や海に出ていた。

 

焼け野原からの再スタートだから

親たちは働いて子供たちを食べさせることに必死だった。

 

父は6人兄弟(異母兄弟含む)母は4人兄弟である。

 

この世代では兄弟が5、6人は普通だった。

 

物資不足の中でこれだけの子供がいたのだから

お腹いっぱいになることなどそうそうない。

 

おやつは畑で取れたもの

兄弟で分けあって食べた。

 

家事も今のように家電がない時代。

洗濯も洗濯板で手洗い、総菜や出前などもなく

どれだけ忙しくても妻は台所に立って料理を一から

作るしかない。

 

母親の忙しさといったら想像するだけで倒れそう。

 

そうなれば当然下の子の面倒は上の子が見ることになる。

 

うちは父も母も末っ子だ。

 

父は長男とは11歳も年が離れているから

忙しすぎる母親の代わりにお兄ちゃんたちが

赤ん坊の時から世話をしてくれたそうだ。

 

だから今でもお兄ちゃんたちへの思いが熱い。

 

母は上の兄弟姉妹に比べて母親(私の祖母)に対する

執着が強かったように思う。

 

おばあちゃんが足を悪くした時

家に呼んでしばらく同居したのも母。

施設に入ってからも一番マメに通っていた。

 

葬式で誰よりも号泣していたのも母だった。

 

今の私にはわかるけれど

 

母は幼い頃におばあちゃんから望むように

愛をもらえなかったんだろう。

 

もちろん洋服もカバンも教科書も

お姉ちゃんたちのお下がりだし

外交的で外に出ずっぱりだったおばあちゃんに

 

本当はもっとかまってもらいたかったんだと思う。

 

おばあちゃんからすれば、姉が2人もいたから

任せていたんだろうな。

 

幼少期に必要な愛情が満たされていないと

大人になってからそれは親や他人への執着となる。

 

もちろん無意識に。

 

老いた親の面倒をみる親孝行な子と見せかけて

実は親に褒めたもらいたくて、認めてもらいたくて

兄弟の中で一番愛されたくて必死な

幼い子どものまま。

 

だけど

幼少期の愛情不足は年を取った親に

大人になってから同じような形で求めても

決して満たされることはない。

 

親にしてみればそんな風に思われているなんて

夢にも思っていないし

 

親は自分が仕事や生活に必死でまさか

それが我が子を傷つけているなど

思ったこともないからだ。

 

だって、ちゃんと食べさせて大きくなったじゃないの。

それ以上何を望むっていうの?

あの大変だった時代に。

 

戦後世代はただ

「食べること」「子供を食べさせること」

 

まさに言葉そのままの

「食べ物を与える」ことだけで育児は

ほぼよしとされていた。

 

おばあちゃんたちは、食べられない時代を

生きてきたから。

 

そして父や母の世代は中卒や高卒で

さっさと親元を離れ、働き始めることが

当たり前だった。

 

大学へ進学するのは、一部の裕福な家庭の子だけ。

 

私の両親も高卒で親元を離れて就職。

そして時代は一気にバブルへと上っていく。

 

経済成長、バブル。

両親が青春時代、現役時代を

送っていた頃は物質至上主義だった。

 

稼いで新しいものを買う。

それが何よりの喜びでステータス。

 

最新家電を揃え、かっこいい車を買い

こぞってマイホームを建てた。

 

モノ、モノ、モノ。

 

モノが足りない時代に子供時代を送った

彼らはモノに囲まれた暮らしが何よりの

喜びだった。

 

彼らが育児に突入した1970年代は

「一億総中流社会」と言われ

みんな生活レベルがほぼ同じだった。

 

例えば私は小さい頃団地に住んでいたが

同じ団地に住んでいる人の家族構成は

驚くほど似通っていた。

 

隣も、上の階の家も、放課後一緒に遊んでいた

友達の家庭はみんな

公務員かサラリーマンの父、専業主婦(内職やパートはあり)の

母、子供は年子か2歳違いで2人。

 

子供が中学か高校に上がる頃にはマイホームを購入して

団地を出ていく。

 

本当に、ほぼみんな一緒だった。

 

だからそんな暮らし、人生に疑問を持つ人など

いなかった。

 

右を見ても左を見ても自分と同じ。

よし、大丈夫、私は間違っていない。

人並みの暮らしをしている。安心安心。

 

今のようにインターネットで世界の情報を

仕入れることもなかった。

 

情報といえば隣近所かママ友、身内からのみ。

 

テレビはモノを買えモノを買えと

毎日語りかける。

 

そういう暮らしにおそらく満足していた両親の世代が

子供の「心」に意識が向かなかったのは仕方のない

ことだったかもしれない。

 

両親自身も誰にも「心」を大切にしてもらったこと

などないし、人間は衣食住が満たされていさえすれば

幸せに生きていけると信じて疑ったこともないのだから。

 

 

「心」などというのは

UFOと同じようなオカルトに近い存在。

 

目に見えるものしか信じない彼らには

「心」などという目に見えないものは

幽霊か何かと同じなのだ。

 

だからガン予防の情報にはアンテナを貼っても

精神病予防なんてことは存在しないも同然と捉える。

 

だけど時代は移ろい

バブルははじけてモノを追い求めることが

幸せと直結していないと人々は気付き始めた。

 

その子ども世代。

70年代80年代に生まれた私たち。

 

今の30代40代は心を病んでいる人、

病んだことがある人が多いと言う。

 

「心」など存在しないと認識している親に

育てられ、いつのまにか「心」を重視する時代に

生きている私たち。

 

懸命に仕事をし十分すぎる物質を与えて育ててきたのに

心が傷ついたとかなんとか、心の病気だなんだの

何を甘えたことを言っているんだ、五体満足なだけ

感謝しろと親は取り付く島もない。

 

愛情不足で育った人は

そのことに”気づかなければ”、

自分の子に不健全な愛し方をしてしまう。

 

時代が変わっていることを無視した

価値観の押し付け。

 

無意識の子への依存。

子供が自分の世話を必要とすることを

自分の存在価値とイコールに見てしまう。

 

ゆえに子の巣立ちを許せない。

 

或いは本当は得られたかもしれない

キャリアの道や他の男性との可能性を捨てたことを

「あんたを妊娠したから」と子供のせいにし、

 

虐待や育児放棄のようなことをしてしまう親。

 

過干渉も育児放棄も、身体的心理的虐待も

全然特別なことなんかじゃない。

 

親自身に満たされない根深い傷があれば

他者の支えがないとき その痛みは

うっかり無力な子に向かってしまう。

 

物質至上主義の団塊世代には

心の満たされない傷に気づくだけの

情報も概念もなかった。

 

今、私たちは心の時代に突入した。

カウンセリングもヒーリングも徐々に

普及してきて

心理、精神に関する書籍は読み切れないほどある。

 

私たちは幸いにも

”気づく”ことができる。

 

他者の力を借りれば、自分の本当の思いに”気づく”ことが

できる。

 

今、ここで、断ち切ろう。

 

自分の心の不足、痛みのせいで

無垢な子どもに牙を剥かなくて済むように

 

何より、自分自身の癒しを進めようと思う。

 

苛立ちやすくなっている自分に気づいたら

何か好きなものを食べるとか1人温泉へ行くとか、

そんな方法もいいな。