愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
娘を両親の家にお泊まりさせているので
のんびり家で映画をみた。
「本能寺ホテル」
なんとなく選んだけど
結構おもしろかった。
冒頭に出てきたこの名言。
真っ先に浮かんだのは今の高齢者の悪行の数々だ。
また、園児の列に高齢者が運転する車が
突っ込んでいた。
今の65歳以上の人たちは
”歴史に学ぶ”ことをしてきたんだろうか?
私の両親も、元夫の両親も
よく知っている高齢者のカテゴリーに入った
人たちは、ほとんど本を読まない。
もちろん彼らが老眼になる前に
インターネットは存在しなかったので
今のようにすぐネットで検索する習慣もない。
彼らは何か自分が知らないこと、
わからないことがあったとき
どうしてきたか?
まずは、自分のそれまでの経験から推測する。
それで足りなければ身内や親戚、友人、近所の人など
年齢や関係が近い人に聞く。
そして聞かれた人たちもまた
自分や周囲の一部の人間の経験から意見する。
今高齢者に入った人たちの多くは
子育てを失敗している。
毒親、と呼ばれている親の多くはその世代だし
その子である30代〜50代の精神疾患、長期引きこもり
独身者の数を見ると、子孫繁栄が目的のはずの
子育てには失敗したとしか言いようがない。
なぜ彼らは失敗したか?
経験から決めつけと思い込みで
子育てをしてきたからだと
私は思う。
自分たちが子供の時はこうしてもらった。
こんなだった。周りはみんなこうしている。
だから体罰はしつけになるし
親が口で噛んだものを子供に与えて
虫歯菌を感染させたりする。
昔は1歳代でオムツが外れたものだと
今の若いお嫁さんを追い詰めたりもする。
時代は変わっている。
科学も日々進歩し
新しいものが産み出され
未知のものが既知のものになる。
あの頃の常識は今の非常識。
不便が便利になり
あったものが消える。
私が赤ちゃんだった40年前。
母が赤ちゃんだった70年前。
今と何がどれほどに違うだろう。
それなのに
あの頃の常識を今にも当てはめる。
歴史家たちは、ずっと前から日本の未来を
憂いていた。
私は高校生のころ司馬遼太郎にはまっていたが
司馬先生は晩年ずっと、”この国の未来”を
心配していた。
だからこそ、歴史から学んで欲しいと
歴史上の人物の生き様を生き生きと書き続けた。
人間がどのように考えて
どのような決断をして
どのような行動をした結果が
どうなってきたのか。
宇宙から見ればほんの短い間だけれども
それでも数百年くらい遡って
人間がやってきたことの結果を
見ることができる。
「本能寺ホテル」では
が持っていたビラの写真をみて
人々が笑っている写真のビラをみて
自分が死んだ後の世の中に
こんな平和が訪れるなら
自分の死も価値があると
光秀の謀反を事前に知っても
逃げずに静かに死を受け入れた。
本当の信長が何を思って死んでいったかは
分からないけれど
もし本当にそんな風に考えていたとしたら
私たちは命をかけて天下泰平を目指していた
戦国武将たちに、堂々と顔向けできるだろうか。
深く広くこの国の歴史を調べ尽くし
過去に生きた者たちに思いを寄せてきた
司馬遼太郎先生は、
今の日本人はこのままではだめだと、
憂いてあの世へ旅立たれた。
歴史家たちの心配は的中しているんじゃないだろうか。
1人の人間が数十年の人生で経験できることなんて
ほんの少ししかない。
幽霊の正体みたり枯れ尾花
知らないから不安。
分からないから怖い。
ならば勉強して知ればいい。
知ろうと思えば知る手段はいくらでもある。
青森の神様木村藤子さんもおっしゃっていた。
「無知は罪。知ること、気づくことがまず最優先。」
私が離婚したとき
「人間生涯勉強だね!」と言ったら
妹は「私は今の生活にそこそこ満足しているので不要です。」
と言った。
「親だって勉強しないと。
私は子育てのことも子供についてもいっぱい
本読んだりして勉強してるよ。」と
両親に言ったら
「なんや勉強って。」と
吐き捨てた。
私の家族、残念すぎる・・・。
大好きな石井ゆかりさんの星占いに
2018年、不健全な家族は崩壊します、と
書いてあった。
そして2020年から
信頼と愛で結ばれた本物の家族を
再構築できる、と。
だろうね。
さようなら、私が育った不健全な家族。
私は勉強が大好きです。
学ぶ姿勢のない人とは一緒に生きられない。