子の心親知らず

出産後2年で離婚した毒親育ちのシングルマザーが親子のあり方を考察するブログ。

全部が間違いだったと気づく日

最近、落ち込んでいる。

 

自分のこれまでの決断が

全部間違いだったんじゃないかって

いう思いが湧いてきて。

 

もう何度繰り返したかわからない、

「もしあの時に戻れるなら」

の妄想を夜中にガッツリやってしまって

 

選ばなかった方の人生をドラマの脚本を

書くように書いてみたら

(グジグジしててみっともないので

公開はしませんが)

 

今と全然違うものすごく幸せで楽な人生が

描けてしまって、

手にしていたのに手放してしまったことに

改めて気がついて

だけどもう取り戻せないから

ただ落ち込むしかない、という状態に

なっている。

 

音がないとそんなことをぼんやり考えて

しまうので、子どもとおままごとをしていても

そんなことを考えて泣きそうになって

しまうので

 

気力はなかったけどドラマを探して

みた。

 

1つは、現在放送中の「#家族募集します」

 

tver.jp

 

第4話の礼のセリフに

今の私と全く同じ心境の言葉があって

また啓示を受け取った。

 

「いつか、オセロで角を取られるみたいに

全部が間違いだったってひっくり返る日が

来るんじゃないかって、怖いんです。」

 

来るよ!

そんな日が、来るよ!

今なら間に合うから、放さない方がいいよ!

 

テレビに向かって思わず言ってしまった。

 

話を聞いていた俊平は

否定したけど。

 

今の自分が

これが正しいんだって

これが一番子供のためなんだって

思っても

 

それは単に自分のわがままで

独りよがりで

他者からみたら正義でも正解でも

なんでもなくて

 

後になってから、

間違いに気づく。

 

決断したあの時の自分は

自分の正義を正解だと

信じたし

 

相談した人たちも

誰1人それは間違ってるかもよって

教えてくれる人なんて

いなかった。

 

背中を押してくれる人ばかりだった。

 

ずっと後になって

もうやり直せない段階まで

来てから

 

たっぷり時間が経ってから

「こんなはずじゃなかったのに。

なんでこうなっちゃったんだろう。」

と思う。

 

そしてその時、

全部がひっくり返る。

 

私の思い違いだった!

思い込みだった!

 

誰も反対意見を言ってくれなかった

んじゃなくて、私が聞く耳

持たなかっただけだ!

 

そういえばあの人あんなこと

言ってたな・・・

 

他人は言いにくいことを

あまりはっきりとは言ってくれないから

自分が盲目になっていると

その意味に気づかなかったりする。

 

よく考えてみれば・・・

思い返してみれば・・・

 

ちゃんとヒントをくれている人はいた。

 

方向を示そうとしてくれていた人はいた。

 

何より夫本人が

控えめに、彼の思いを何度も

伝えていた。

 

私が、聞かなかっただけ。

 

人間の脳は

思い込みと勘違いでできていると

言ってもいい。

 

そんなドラマも先日見た。

 

fod.fujitv.co.jp

 

湊かなえさんの原作なら間違いなく

面白いと思っているので

(彼女はお母さんだし同じ関西出身で共感できる)

 

見たらやっぱり面白かった。

 

同じ出来事を違う人から見たら

真実は全然逆だった、というようなお話。

 

例えば毒親問題の母側の視点と

娘側の視点。

 

お母さんの友人が知っていることと

娘本人が知っていることが

全然違っていたり。

 

人は360度相手が見えたりは

なかなかしないから

ある面だけを見て判断してしまって

後ろを見なかったりする。

 

他人に自分の思っていることを

100%理解してもらうのは

不可能で、

親子や夫婦という近い関係でも、

いや近いからこそ

実体が見えにくいということもある。

 

人の脳はそれまでの経験や

作ってきた価値観などから

他人のことも勝手に決めつけてしまう

部分がある。

 

同じ女性でも

ある人からみればホーリーマザー

ある人からみれば毒親

 

受け取る側の状態によって

与えたものは毒にも薬にもなる。

 

そして

自分の勘違い、誤解に

気づくのは、大抵が取り返しが

つかなくなってからだ。

 

相手が死んで

初めて自分の知らなかった、

気づいていなかった一面を知る。

 

怒りや不満に囚われて忘れていた、

幸せな記憶を思い出す。

 

死ねばいいのに、と思うほど

憎んでいた相手でも

本当に死んでしまったら

なぜかいいところを思い出してしまう。

 

人は死ぬと、美しくなる。

 

相手からの負のエネルギーが

なくなるからかもしれない。

 

生きた人間同士は

互いにエネルギーを送り合っていて

自分と相手の思いのズレがストレスになり

誤解や勘違いも生まれる。

 

だけど死んだら

完全に愛と光だけの存在になるので

生きている側だけが負のエネルギーを

持つことになり

もう相手に届かないそのエネルギーは

自分にそのまま跳ね返ってくる。

 

そして、初めて気づくのだ。

 

「私が、間違っていたのかもしれない」

 

と・・・

 

間違いに気づいても

もう謝れない。

釈明できない。

涙を見せることもできない。

 

ただ自分の胸の中で

その思いがぐるぐるして

逃す場所が見つからなくて

苦しいだけ。

 

人は生きている限り

誰でも誤解もするし間違えるもの

だけれど

 

愛は、簡単に手放さない方がいい。

 

他人に聞いたりして

できる限り多角的に相手のことを

見て、一時期の衝動や怒りや

ましてやプライドなんかで、

その手を放さない方がいい。

 

オセロがひっくり返った

女の、教訓です。